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旧西藤小児科、正面玄関

旧西藤小児科、正面玄関

旧西藤小児科

  • これは現存する最も古い西藤小児科の建物の写真です。
  • オリジナルは、「滋賀県警察史」に掲載されている写真だろうと思います。
  • 大正15年に撮影されたとの記載がある。
  • 向かって右が守山駅。壁に大きな時計が掲げてあり、駅を急ぐ人に便利だったそうです。
  • 古い西藤小児科の建物は、元は守山市警察署でした。
  • 明治19年12月2日に工費二千円で新築された洋風構造の2階建て。大正を経て昭和7年まで使用されていました(滋賀県警察史より)。
  • 叔父のお話しによると昭和9年に守山市警察署の建物を買い取り、改装し医院として開業しました。
  • 今でも残る「すぐいしべみち」の石碑が写っています。

正面玄関

  • 当家の古いアルバムから見つかった写真です。初代院長(至誠)が写真撮影が趣味であったとも聴いております。
  • 後に(時期は不明)三角の屋根に改装します。その改装する前は入り口がアーチであったと前院長(正雄)から聞いており、正にアーチの入り口のこの写真は、買い取った直後ではないかと思います。
  • 祖母や伯母、当時の看護師も写っています。昔の人々の笑顔は、なぜかとても素敵です。
  • 想像ですが、叔父が幼稚園で遠足から戻ってくるときに、正面玄関で写真を撮ったのではないかと。
  • 園医学校医は当時とても名誉な事であったようで、祖父の経歴書には引き受けていた園・学校名が列記されています。
  • 昭和20年7月の守山駅での米軍機の機銃掃射の惨事、銃で撃ち抜かれた大勢の怪我人が当院に運ばれてきました。この玄関をくぐったでしょう。
  • 銃創の出血が止まらず祖父は足を切断し命を救った患者さんもいたと言われています(その後京都で暮らしておられました)。
  • アニメ映画の「この世界の片隅に」を鑑賞し、正にそのシーンが現れ、伝え聞いていた事が理解できました。

 

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Last-modified: 2020-06-04 (木) 09:45:23 (116d)